この曲を聴け! 

Hear in the Now Frontier / QUEENSRYCHE
絶叫者ヨハネ ★★ (2006-02-24 21:09:00)
リリース当時、グランジにすり寄ったアルバム、ということで、ファンやプレスに散々に叩かれまくったRyche随一の問題作。

しかし、これは音楽そのものの出来よりも、そのあまりの「タイミングの悪さ」のせいだと思います。これが出た年はまさに伝統HMにとって最悪の時期、特にアメリカを拠点とするバンドにとっては「……その年の冬はかってないほど長く、暗く、厳しかった」時でした。折から吹き荒れるグランジ/オルタナティヴブームの嵐の中、それまで伝統的なHMを支えていたバンドたちは半ば強制的にトレンド追従を余儀なくされ、ファンを失望させた挙句に、次々と倒れてゆきました。

そしてそんな折に出された今作は、一聴するといかにもトレンド迎合路線の鑑のような作風、
「Queensrycheよ、お前もかっっっ、おおおおおお(号泣)!!!!」、「あの(Operation〰を作った)Rycheがぁっっっ(悲鳴)」。
当時の(とくに日本の)HMファンの狼狽ぶりと憤怒の様が目に浮かぶようです。紅い涙を流しつつ、「大駄作ぅぅぅぅぅーーっ!!」と絶叫したくなるのも半ば無理からぬところです……。


…………そして時は流れ、21世紀。
今になって聴いてみると……。いける!、これはなかなかどうして、いいアルバムではありませんか。駄作などとはとても呼べません。さすがに以前の傑作たちには引けを取るとはいえ、「典型的なHM」ではなく「Queensrycheのアルバム」として聴けば、十分聴けるし、曲質も水準並み。非リアルタイム世代のファンならば、こういう路線もアリ、と納得のゆく作品だと思います。
前作Promised Landは彼らのプログレ路線の頂点ともいうべき作品で、楽曲・コンセプトとも徹底的に掘り下げられ、細部まで作りこまれた濃密な作品でしたが、やりすぎて疲れてしまったのか、本作はいい意味でルーズというか、リラックスした作風になっています。
Rycheの作品にしては非常に珍しく、肩の力を抜いて気楽に聴けるのが特徴。みるからに難解で近づきがたい印象があった前作に比べ、第一印象ではこちらの方がずっとよいのではないでしょうか? メロディも豊かでわかりやすくなっていますし。方向性こそ違いますが、親しみやすさでは、Empireと並ぶものがあるのではないかと。ただ、メロディの性格が以前の「英国正統HM〰デジタル産業ロック」ラインから、「グランジ〰フォーク・カントリー」的なものにシフトしており、メロディに正統HM的な悲壮感や産業ロック的な透明感を求める向きにはこれは「つまらない」と感じられるかもしれません(これは案外重要な変化かも。)

グランジ化と言われてはいるものの、安易なトレンド模倣に走ったわけではなく、基本的な部分はこれまで通りのRycheです。そもそもこんなにカッチリしていて、メロディラインがハッキリしたグランジがあるでしょうか。グランジ要素の中でも、Ryche的に一番「活かせる」部分だけを選んで吸収し、それ以外の「不要な」成分(それを入れると自分たちの音楽の雰囲気を損なってしまう部分)は見事に排除されています。ここらへんの選択眼は流石です。とくに⑦⑭などは「最高にカッコいいグランジ・メタル」に仕上がっています。

なので、今までの彼らの売りであった「構築感に富んだ楽曲」「深みのある音のニュアンス」「音を透して世界が見える叙景的な感覚」は(以前ほど強力でないとはいえ)決して揺らいでいません。
そもそも正統派HMをスタイル上のベースとして、そこに時に応じて様々な音楽要素を溶け込ませてゆくのがこのバンドの特徴なので、そこからすれば、今作もまた「Queensrycheの正攻法」に乗っ取った、彼ららしい作品と言えるでしょう。

ただ曲数を入れすぎたせいか、作りこみ不足が目立つ曲(つまり捨て曲ね)が結構多いのと、これまでのような知的でアーティスティックな雰囲気がこのあたりから薄らいできたのは事実だと思いますが……。
それにこの辺から何となく守りに入った作風が目立つようになったのが気になります。以前の作風はとにかく先鋭的で、メタルに対するリスナーの既成概念に激しく挑戦するようなものを秘めていたのですが、今作にはどうもそういう鋭さが感じられません。やはり前作、前々作の商業的成功で(とくに本国アメリカでは)「ビッグ」になってしまった代償でしょうか。
私自身も含めて、身勝手なファンはバンドがいつまでも「先鋭的なプログレメタル」をやり続けてくれることを望みますが、当の彼らは、成功と引きかえにいろんな意味で「守らなければならないもの」ができてしまいました。おかげで、アーティストとしての彼ら本来の美点を活かしきれないでいるような気がします。近年の彼らは、Queenrycheとしてのアイデンティティーの維持と、外的状況が要求するものとの狭間で、絶え間なくゆれ動いてるように見えます。まるで「サクセスは結局、何ももたらしはしなかった」というPromised Landのテーマを、当のバンド自身が皮肉にも体現しているような形で。

さて、我らが賢者は、自ら産み出してしまったこの迷宮をどうやって切り抜けるのでしょうか?
間もなくリリースのOperation Mindcrime 2でその答えが明かされるはずです。
→同意