この曲を聴け! 

No Prayer for the Dying / IRON MAIDEN
絶叫者ヨハネ ★★ (2005-11-12 19:41:00)
ズラリと並んだMeidenの名作群に囲まれて、あまりに目立たないというか、不遇というか、おそろしくワリを食っている不幸な作品です。「巨人に挟まれた大男は小人だ」、いわく傑作の間に挟まれた秀作は凡作扱いされる、というパターンの典型かも。しかもエイドリアン脱退—ヤニック加入直後ということもあって、本作の曲とは何のかかわりもないヤニックにまで火の粉が降りかかる始末。うーん……好きなアルバムなのに残念。

というわけで普段あまり語られることのないこのアルバムの魅力について力を込めて語ってみます。

まず最大の魅力として挙げられるのが録音の素晴らしさ、そしてそこから生れてくる全体の音像の綺麗さです。各楽器の音色、音量バランス、相互の音の配置など、どれをとっても理想的な完成度です。堅くも柔らかくもなく、適度に音のエッジが抑制された上品で耳なじみのよい音色、一人の音が他より出すぎることも引っ込むこともないフェアな音量バランス、各パートの音がクリアーに聴きとれる音立ちのよさにバンドとしての一体感あふれる瑞々しい演奏……、聴いているだけで惚れ惚れするような素晴らしい音像が展開されています。もちろん個人の好みもありますが、この音の良さ、美しさはHR/HMレコードとしては最高級の出来栄えといってよいでしょう。
またきわめて一体感の強い音の出方も印象的です。私は音響・レコーディング関係のことはまったくわからないので、あくまでいろいろなCDを聴いたかぎりでの印象ですが、一般に各パートの音のりん郭が明瞭になるような録音だと、どうしても各々のパートの音の間に空間(すき間)ができてしまい、音同士の間に分離感が生じて結果的に全体の一体感を損なってしまうことが多い(この傾向は次のFear of The Darkで顕著に現われる)のですが、そういった問題はこのアルバムではまったく生じていません。

次に注目すべきは、ライヴ感覚あふれる演奏のノリの良さです。全編ライヴ・レコーディング、しかもほとんど一発取りに近いかたちで録音されただけあって、スタジオライヴといってもよい生気に満ちた躍動感ある演奏が繰り広げられています。何というか一つ一つの音がすごく新鮮というか、まるで生きて呼吸しているかのようなヴァイタルな印象を受けるのが特徴です。この生命感はあの名作Somewhere in Timeの極限まで作りこまれた、美しくも荒涼としたマシーナリーな音の感触とはまさしく対極に位置するものと呼べるでしょう。Somewhereが細部に至るまで緻密に練り込まれた曲想を選び抜かれた音と演奏を積み重ねて表現し切ろうとする完全性志向の作品だとすると、こちらは楽曲の完成度よりライヴのもつ一回性の面白さというか、それまで紙の上や頭の中の譜面上にしか存在しなかった楽曲に生命が宿るその誕生の瞬間を捕えようとしている感じです。
比較的シンプルな曲で演奏に重点を置いたアルバム、という点では1stとも似ています。(音の響きも初期の曲を思わせるものが多いです)せいか、さすがにあれほどの鋭さと緊張感はありません。殺伐とした演奏よりも、とにかくプレイを楽しもうとしている所がうかがえます。どちらかというメタルよりも、ロックンロールの精神でやっている気がします。それまでがあんまり真面目すぎて疲れたから、ここらで少し遊んでみよう、という感じでしょうか?

最後は曲です。このアルバムの楽曲については、とかく「地味」、「メイデンらしさがない」、「練り込みが甘い」、等々といわれていますが、これはある意味ではそのとおりですが、しかし全然的外れのような気がします。表面的には、ツインギターの美麗なメロディも、劇的な展開も控えめで、アレンジも割とオーソドックスというかシンプルで、初期の頃に似たストレートな曲をややポップにしたような曲が大半です。さらにハリスはこの頃Queensrycheが気に入っていたらしく、彼らの影響が随所に感じられます。(⑤など、Drをスコット・ロッケンフィールドに叩かせて、ジェフ・テイトに歌わせれば、そのままRycheのアルバムに入れられるような曲です。)全体に前作までのような、ドラマティズムやスケール感、神秘的なムードはグッと後退しています。
しかし曲のクォリティーが落ちたわけではなく、単に方向性を変えてみただけ、というのが実際のところです。らしくないといっても、音の響きは①の冒頭の一小節だけで、「おお、Meidenの曲が始まったぞ」とわかるほど相変わらずの音色をキープしているし、何よりすでに不変のスタイルをしっかり確立した後での方向性の転換なので、聴いていてそんなに違和感はありません。それどころか、私は最初聞いた時からずっと、これは実にMeidenらしい作品だと感じていました。音の運びといい、ギターのハーモニーといい、曲の根っこのところはまったく彼ら以外の何物でもなく、よく言われる原点回帰という意味はこれだったのか、と妙に得心したものです。

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