この曲を聴け! 

The X Factor / IRON MAIDEN
絶叫者ヨハネ ★★ (2005-11-19 18:44:00)
さて、以上のような大きな、実に大きなマイナス点にも関わらず、私個人としてはこのアルバムが悪い作品だとは思いません。それどころか楽曲そのものの魅力とアーティスティックな深みでは、名作揃いのMeidenの作品群にあってもひときわ抜きん出た、文字通りの「陰の名作」「裏の代表作」であると感じています。これは本当です。リリース当時にさまざまな不運が重なり、作品のもつ本来のポテンシャルが見過ごされたまま「問題作」とのイメージだけが一人歩きして、今日に至るまで正当な評価を受けることなく隅に置かれてきた不幸なアルバム、それがX Factorに他なりません。リリースからおよそ10年、今こそ本作の本当の素晴らしさを見つめ直す時です。

どれもアッパーなMeidenの作品群のなかで、唯一沈静系(ダウナーではない)の聴き込むタイプの作品です。楽曲を支配する雰囲気はこれまででもっとも暗く、深く、暗示に富んでいます。暗いといっても、情緒的にべったり塞ぎ込むのではなく、知性の眼差しでもって自己の暗部を見すえるかのようです。ちょうど強烈な内省に没頭している人物の、あの近づきがたい厳粛な暗さのようなものがあります。自己の中に沈潜し人生を深く見極めようとする一方、来るべき「終わりの時」を予感しておののき震えるような感覚があります。ちょうどあのHallowed Be Thy Nameの前夜のような世界観、明日には処刑台に引き立てられる男が迎える最後の夜、という雰囲気といえばよいでしょうか。さながら「魂の午前零時」といった空気がこの作品の持ち味であり最大の魅力です。このバンドの場合、楽曲のムード自体がすでにバンドの個性を決定づける音楽的特徴になっていますが、このアルバムではそういった雰囲気勝負的な色合いが特に強いです。これを好むかどうかでアルバムの評価がかなり変わってくることでしょう。こういう音は夜更けに濃いめのコーヒーなどを飲みつつ、静かに味わうようにするとよいでしょう。

もうひとつ、じつはこのアルバム楽曲が非常に充実しています。「曲調が地味」とか「メタルっぽくない」というのは、たんに方向性の問題であって楽曲の質とは関係ありません。なによりメロディがよいです。深い憂いのメロディが曲のいたるところに散りばめられています。このメロディの深みと強さは他のアルバムと比べても傑出しており、6thや7thに匹敵するといってよいかもしれません。さらに雰囲気とメロディ、そして歌詞の相乗効果によって楽曲に奥行きある物語性が宿っており、似通った曲調の曲が続いても退屈さを感じさせません。疾走感や大げさなアレンジに頼ることなく、かえってそういった装飾をそぎ落として、純粋に曲としての説得力だけで勝負しているようです。
再編後のライヴでこのアルバムからの曲が取り上げられる度に、「実は名曲だった」的再評価を受けていることが思い出されます。冒頭の三曲はいずれも名作で有名なので省くとして、たとえば、The Aftermathでの「徐」から「急」へと移る際の絶妙の展開(あのChildren of Damnedに匹敵するほどの盛り上がりです), Judgment Heavenの悲しみの中にも透明感ある清楚なメロディ、Blood of Worlds Handsの「世界崩壊後の廃墟にたった一人取り残された男が空に向かって絶叫する」かのごとき強烈な「哭き」の感覚、The Unbelieverのプログレッシヴな展開と「すべてが終わる、その日、その時」を予感させるメロディの威力など、数あるMeidenの名曲に引けをとらないパワフルな曲がいくつも入っています。この劣悪なプロダクションでも、曲としての説得力を失っていないのはある意味驚異です。曲自体にそれだけパワーがあるからでしょう。このままでは曲がかわいそうです。再レコーディングが無理なら、せめてリマスター化による再発が待ち望まれるところです。

全体を振り返ってみれば、このアルバムで聞ける音楽性はある意味Meidenらしさの極北といってよく、彼らの音楽的なアイデンティティーが他のどの作品よりもダイレクトに表現されているような感じがします。あたかも処女が鋼鉄の覆いを脱ぎ捨てて、裸身を露わにしたようなものです。HM的音像とスタイルという外装を剥がして、彼らの(とくにスティーヴ・ハリス)のミュージシャンとしての本質というか、音楽によって本当に表現したいことの核みたいなものが露わにされている感覚です。そしてそれが本作のいつになく深みのある楽曲と世界観として見事に結晶しています。これを見るかぎり、一般的評価や商業成績は別として、本作は芸術的には間違いなく大成功といってよいでしょう。しかも次作以降現在に至るまでの作品は、いずれもトータルな完成度はともかくアーティスティックな面での魅力に欠ける面があります。(この観点から言えばDance of Deathなどひどいものです)。率直に言ってIron Maidenといういささか大きくなりすぎた看板を守るため、アーティストとしての創造性を抑え込んでしまっているといってもいいでしょう。そういった意味ではこの作品こそ Iron Maiden のひとつの終着点であり、ここで繰り広げられている音楽性こそ、彼らが深化(進化ではありません)の果てに最後にたどり着いた窮極の世界ともいえるのではないでしょうか?

周囲の低評価と商業的な不振にもかかわらず、メンバーがいまだにこの作品を愛し、Seventh Son〰と並ぶ自分たちの代表作と公言してはばからないのも、ここらへんに理由があるような気がします。Voが変わったとはいえ、それまでと違うことをやったわけではなく、かえってこれまで以上に自分たちらしい音にしたら、なぜか不評を買ってしまった、というのが実際のところかもしれません。(少なくとも日本では。本国イギリスを含むヨーロッパではなかなか人気があるようです。向こうのファンの方がこういう音にはなじみやすいのかもしれません。ゴシックが大いに受けていますし。)

さすがに「あらゆる点でMeidenの最高傑作、とにかく聴け!」などというつもりはありません。すでに指摘したように、アルバムトータルで見れば幾つもの欠点が(とくにHM/HRを意識して聴くならば、致命的ともいえるような欠陥が)あるのは確かです。しかしながら、本作はIron Maidenの音楽を語る上で避けては通れない大切な作品であることは確かです。もしあなたが表面的なスタイルがどうこうというより、このバンドのもつ独特のセンスや世界観に惹かれているなら、何はなくとも聴くべき作品といえます。本作が真にMeidenらしい音楽を求めてやまないファンの想いを裏切ることは決してありません。あせらず急がず静かに耳を傾けるなら、本作は次第に隠された神秘を明かし始め、無愛想な外見の向こうに広がる深く美しい世界へあなたを招き入れてくれることでしょう。
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