2009年発表の5曲入りデモ。 Pest Productionsから1000枚限定でリリース。演奏時間は32分程度。
Pest Productionsが目を付けることからも察せられると思いますが、幽玄なアルペジオやアトモスフェリックにバンドサウンドを包むキーボード、メロウに掻き鳴らされるトレモロなど、エモーショナルな情景を描き出す「ポスト」要素の強めなブラックメタル。この手のバンドって、最早ブラックよりシューゲイザーに近い音を出してたりしますが、このバンドはこの時点ではブラックに両足突っ込んだままという感じの出音。
ブラックメタル特有のトレモロリフとノイジーな音質、スケールの大きな展開で聴かせる、いわゆるアトモスフェリック・ブラックやポストブラック路線の音ですが、クリーンヴォーカルは排されていたりなど、過剰なメロウさは抑えられている傾向で、ブラックの持つ本質的なダークさが前面に押し出されている辺り、「White Tomb」「Mammal」期のALTAR OF PLAGUESなどにも通じる音ですね。サタニックというよりはエスカティック(終末的)というか、どこか荒廃した情景が浮かんでくるような音。
…一体何なんだこの変わりようは(笑)。 まず前作で不満だった音の小ささ、弱々しさは完全に解消…どころか、これ音圧で言ったらブルータルブラックと変わりないんじゃ…というくらい爆音に。音の圧力が増し、KRIEGやBLOOD OF KINGU辺りにも通じる殺気を感じる音作りに。まるで人の何倍もある、邪悪なガーゴイルの像が鎮座ましましているかのような圧迫感。
付属のバイオグラフィーによると、「Genre : Melodic Death Metal」となってますが…確かに、リフにもしっかりメロディを練りこんでくるスタイルはメロデス的ですが、演奏の邪悪なマッシブさはデスメタル的でもあり、ブラス、キーボードを用いたシンフォアレンジやトレモロリフなど、シンフォブラック的なアレンジも見られ、各ジャンルの良いとこ取りと言える音になってますね。どこかゴシック的な頽廃性もありますし。
2011年発表のコンピレーション盤。 07年のCD「Impale Golden Horn」、10年のカセット「Forbidden Planet」を収録の二枚組。
「Impale Golden Horn」 こちらの音源は、メタル色は希薄…というかほぼ皆無な、ドローン/ポストロック路線ですね。ギターの残響音や電子音が絡み合い、心地良くサイケデリックな浮遊感を感じさせてくれる音。一部で登場するヴォーカルも全てクリーンで、マイルドな声質で歌い上げてます。ニューエイジ思想で言うところのアセンション…人間の魂が次の段階にステップアップする次元上昇を体感しているかのような、非常に神秘的で日常から切り離された、しかし心地良い感覚を体験させてくれる作品。
2011年発表の3rd。 EMPERORの「Ensorcelled by Khaos」のカヴァー入り。
前作を聴いた限り、このバンドがここまでEMPERORを意識した作風のアルバムを出すって何か意外な感じ。基本RAWで邪悪なブラックなんですが、まずドラムをそれ程前に出さず、ギターの歪みに音を覆わせ、そこから禍々しいトレモロが零れ落ちるようなプロダクションが「In the Nightside Eclipse」期のEMPERORを彷彿とさせますし、呪術的なミドルパートやスラッシーな疾走パートなんかは意識してないと言ったら白々しいほど似てる。ヴォーカルのロングトーンを多用した大絶叫もそっくり。
Ihsahnの弁によると、EMPEROR時代の「With Strength I Burn」を思い起こさせる曲だそうですが…本当に、表現の形態は全然違ってますね…。ただ、With~が嵐の中を幽霊船が行く様子、この曲では彼岸と此岸を繋ぐ海岸が浮かんだり、想起する情景自体はどこか共通する物があるように思います。
PECCATUMの「Lost In Reverie」「The Moribund People」ではブラックの要素を残しつつも、ジャズやインダストリアル、アンビエント等の要素を取り入れた前衛的な音楽を作っていたため、もうIhsahnはそっちの暗黒芸術路線で行くのかと思っていたら、この作品は意外にもメタル要素がかなり強いアルバムになってました。
路線としてはEMPERORの4thの暴虐さを少し押さえて(それでも一般的なメタルよりは全然激しい)、「The Eruption」「Empty」「The Tongues Of Fire」等で顕著だった高貴な感じのメロディを更にパワーアップさせ、シンフォニックさを増した作風と言う感じでしょうか。 PECCATUMの3rdで見せたような音の響きそのものを追求しているようなサウンドは今回は控えめですが、それでもギターやキーボードのアレンジの細やかさはさすがIhsahnと言った感じで、過激さを求めて衝動発散の為に聴けるだけでなく、じっくり鑑賞しても楽しめる素晴らしいメタルアルバムになっていると思います。
PECCATUMの3rdに入っていてもおかしくないようなメロディアスで知的な印象の曲ですが、イントロやギターソロのハモり&ブレイクの所などはバンドならではのかっこよさがありますね。 この曲ではULVERの奇術師GarmことKristoffer G Ryggがヴォーカルを務めてますが、特に低音パートが素晴らしいです。もう彼の「声質」という「才能」の前にはひれ伏す以外ありません。
そうした意味で、PECCATUMではアヴァンギャルド/アンビエント、HARDINGROCKではフォーク方面に接近してましたが、Ihsahnってやっぱりメタラーが本質なのかもしれませんね。 ただ、楽器の絡みを聴いているだけで恍惚となれるし、前作よりもクオリティを上げた素晴らしいアルバムだとは思うんですが、「Homecoming」のようなプログレッシブなメタルバラードや大作「The Pain Is Still Mine」を上手く配置し、ドラマティックな構成で聞かせてくれた1stの方が作品全体の流れは良いかもしれません。
グルーヴだけでなく、禍々しさまで感じさせる刻みリフでつかみはばっちり。歌詞の「long ago / I grew deaf~」の部分、初期EMPERORの邪悪で寒々しい作風や、その部分のみを評価するファンへの訣別とも取れるんですがどうでしょう。 でも個人的にIhsahnって余り「Misanthrope(厭人)」っていうイメージが無いんですけど…奥さんいるし、ギターを教えてたこともあるらしいし。